2011/11/04

グローバル化について

2011/11/04
何を今更なタイトルだけど、現在TPPの議論に日本が参加するとかしないとかで世間が揺れているような感がしなくもない。 そこでグローバル化について、思うことを一寸書いてみようかと。

なぜグローバル化が必要?
そもそも論であるが、なぜグローバル化が必要なのだろうか? 黒船(外圧)がやってきたから? たぶん違うよね。 もしそうだとしたら、グローバル化によって得られるものは何も無く、単にカモにされて終わるだけ。 江戸後期の開国と不平等条約見ても明らか。
じゃぁなぜグローバル化するのか? それは何かしらのメリットを見出しているから。 これ以外に理由は無い。 別の言い方をすると、メリットが見込めないなら、グローバル化なんてやめてしまえばいい。 これは国家間の貿易協定レベルの話だけでなく、企業のグローバル化、個人のグローバル化でも然り。 わざわざ外国企業にカモられるために会社をグローバル化する必要はないし、奴隷のようにコキ使われるために海外でキャリア積む必要もなし。

で、メリットって何?
国家間の貿易に関する協定をグローバル化のほうへ傾けると、要するに海外のものが流入しやすくなる。 競争相手が増えるから生産者はたぶん嫌だよね。 でも消費者にとっては、選択肢が増えると言う意味で、これは歓迎のはず。 労働市場はどうだろ? これも同じだよね。 雇い主としては雇用の対象における選択肢が増える。 労働者にしてみると、競争相手が増えるので好ましくは無いよね。

企業の場合、単純に市場が広がる。 これは分かりやすい。 でもそれは販売網のグローバル化で企業のグローバル化ではない。 たとえば、“企業の”と考えると、生産効率化、ビジネスオペレーションの効率化も図れるはずなんだな。 でもそうなると国内の就労機会が減っちゃう可能性も。 昨今は企業の社会的責任とかの言葉も存在するけど、最低限の企業の社会的責任は納税と法律遵守くらいでしょ。 企業は利益上げてこそのもので、それが立ち行かなくなってくると、納税もできないし大量解雇だし、あまり良い結末は待っていない。 まぁつまり、ビジネスオペレーションの効率化のために国内労働者の割合を減らすようなことがあっても、それは企業が企業である限り、その決定はアリだと思う。

個人の場合、これはけっこう難しい。 何故かって、国家や企業の場合と違って価値観が多様すぎるから。 目的のキャリアデザインがあったり、レアなキャリアを積んでレア人材になりたかったり、そういうのは分かりやすい。 でも個人の場合、単にそれが楽しいから、という理由でコトを行なっても何の問題もないわけだ。 楽しそうだから、米国で現地スタッフとして採用されたい、とか(考えが浅はかと言われればそれまでだが、企業や国家と違いこのようなモチベーションで行動しうる)。 要するに他人から見て明確なメリットがなさそうでも、個人というのはグローバル化しうるし、実際そういう人は何人か見たことがある。 
しかしながら、個人レベルでも得られるメリットをよくよく考えてグローバル化するのがいいように思う。 たとえば、仕事をグローバルにマネージできるようになったら、その結果自分のプロジェクト遂行時に、多国間にまたがる人材を操り、より質の高い結果に結びつけることが出来る、とかそんなの。 まぁ、仕事がらみ(しかもグローバル企業で勤務しているというセッティングでしかありえない話)の例えで恐縮だが、個人がグローバル化するきっかけの殆どは仕事だろうからこれで許して。

マトメというか思うこと。
要は、グローバル化は外圧に促されて行なうものでもないし、やむにやまれずやるものでもない。 隣人や隣国が行なっているからやるようなものでもない。 メリットを見出してこそ、やるものである。 例え個人のグローバル化でも、そのプロセスには結構のエネルギーを投下する必要があるからね。 流れに乗る?? なんて理由は愚の骨頂ですよ。





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